1.
第1章 異世界の神初心者ですがよろしくお願いします
9 / 21
異世界の神になってちょっと立地見るだけ

9. 神の休息

 あ、これ夢だ、ってすぐわかった。
 たまにそういうことがある。いわゆる明晰夢だ。といっても制御できるわけではないので、ちょっともどかしい感じだ。

 あーこれ、実家の、俺の部屋だ。
 テレビ台の上に、14 インチのブラウン管と、光ディスクをセットするタイプの白い家庭用ゲーム機が並んでる。
 そうだプレステだ。PS2 じゃないぞ、PS One だ。
 クッソ懐かしいな。

 そうか、これ、俺が子供だった頃の夢か。

 子供の頃な。
 思い出す。よくゲームで遊んだよ。
 何を隠そう、俺はインドア派だった。
 運動が嫌いだったというより、単純にそっちの方が面白かったし、一人でも遊べるという利点があった。
 でもコンピュータゲームは長くやってるとお小言を頂戴することが多かったので、時折カードゲームなんかを交えながら。
 余談になるけど、実際カードゲームはコンピュータゲームに比べてコストパフォーマンスが悪かったんだよな。
 小遣いが続かないので、あんまり長くは遊ばなかった。
 中学に上がる頃には、RPG を作るソフトに夢中になった。
 その当時で既に発売から 10 年経ってるような古いソフトだったけど、インターネッツ上では作ったゲームデータを公開したりしてる人がまだいたんだよな。
 メモリーカードを吸い出す機材がなかったので、俺は指を咥えて見てるだけだったんだけど。
 それはともかく、RPG を作れたのかというと、実際 RPG は完成しなかった。
 RPG ツクレナーイあたりに改名していただくか、次回作は RPG デキールあたりを作っていただきたい。
 完成しなかったけれども、作るのは楽しかった。ずっと作っていた。もちろんゲーム機で動かしている以上ゲームみたいなものなので、やはり長く遊んでいるとお小言をいただく。
 ソフトを起動していない時間はノートにデータや設定なんかを書き散らしていた。
 金がかからないのでいい遊びだったと思う。

 プレステは埃をかぶっていた。
 高校に入ってゲームやらなくなったからだ。
 高校に入った俺は、ガリ勉くんにクラスチェンジした。
 それまでどっぷりだったゲームをやめて勉強ばっかりするようになったのは、妹ができたからだ。
 妹といっても、義理である。
 再婚相手の連れ子というやつだ。
 小学校中学校と遊び呆けていた俺の成績は、まあ正直言ってよくなかった。
 よくなかったけれども、妹ができた以上、私立大はちょっと家計に重い。親父は「それくらい出せる、気にすんな」と言ってくれてたけれども、そうはいかない。
 八重樫家の家族が二人から四人になったのだから。家族が倍になっても、稼ぎが倍になるわけじゃない。
 学費の安い国公立。受かるためには倍旧の努力が必要。

 もっとも、妹といっても他人である。血も繋がってない。
 だからそんなん知らんがなといって、俺は自由に大学を選んでもよかった。
 でも、お兄ちゃんになったからな。
 いいところを見せようという気持ちがなかったわけじゃないが。
 ガリ勉くんにクラスチェンジした俺は、入学当初には俺の成績ではまず不可能といわれていた地方公立大に奇跡的に合格。
 といっても地方公立大だ。本当は国立がよかった。まあ、この公立も C 判定からギリギリ受かったので贅沢を言える立場ではない。
 贅沢を言える立場ではなかったけれども、自宅から通うにはちょっと遠かったので、一人暮らししなきゃいけなかった。
 生活費が余分にかかるようになったので、はっきり言って本末転倒だ。バイトでなんとかするって言ったら「それくらい親に出させろ、ばかもの」と怒られた。親父殿は本当にツンデレだ。

 ちなみに、妹の好感度は上がらなかった。
 別に仲良くなりたくて頑張ったわけではない。
 親の都合で家族になった妹に苦労をかけさせたくなかっただけだ。
 お兄ちゃんだからな。
 寂しくはあるし、悲しくもあるけれど。

 俺の視点はプレステを離れ、部屋の外へ向かった。

 外は樹海だった。

 比喩ではなく、本当に森だった。人の手の入っていない、原生林だ。
 原生林で、妹がキャンプしていた。

 謎だ。
 いや、夢だからこういうものかもしれないけど。

「あ、兄さん」

 妹がこっちに気付いて声をかけてきた。
 けれども、今の俺は自分の意志で言葉をかけることもできない。多分今俺は何か言ってるんだと思うけど、何を言っているのかは分からなかった。

「そーだ。こないだクラスのモンゴルがスキタイで槍投げしたんだよ。すごいよね。だってスキタイだよ?」

 何言ってんだこいつ。

「だってスキタイだよ?」って言われても全然分からないんだよ!
 クラスのモンゴルから分かんねえよ!

「スクール水着の男子のスクトゥムに槍がどんどん刺さるの! 兄さんスクール水着好きでしょ? 本棚の奥にあったから知ってるよ」

 なんで知ってんだよ!
 じゃなくて、スクール水着の男子ってなんだよ! とかけてんのかよぜんぜん面白くねえよ!
 どういう競技なんだよその槍投げ!
 けれども、俺のツッコミが声になって妹に届けられることはなかった。
 不条理だ。

「あ、焼けた焼けた。兄さんも食べる? 北京原人ダック」

 妹は串に刺さった原始人フィギュアをこちらに差し出してくる。
 俺は迷わず食べた(なんで食べるんだよ!)
 ところどころ、皮(なんの皮は分からない)がパリッとしていた。
 塩ビの味がした。

 なんだよこれ。

 だいたい俺の妹は、こんなキャラじゃない!
 だって、俺の妹はこんなにフレンドリーに話しかけたりしないんだよ。妹はいつだって俺に冷たかった。好感度はとうとう上がらなかったんだから。
 妹を、返せ! クールな妹を! 返してくれよ!

 と思ったところで、波が引くように意識が遠くなっていく。
 ほっとすると同時に、少し寂しくもあった。
 一人暮らし始めてから妹に会ってないんだよな。まだ四ヶ月も経ってないのにな。夏休み中、一回くらいは実家に顔出すかな……。

 妹元気してるかな……あいつのことだから……たぶん……、
 そこで思考は途絶える。

 めざめのときはちかい。


 見知らぬ天井だ。

 一度は言ってみたいセリフだった。
 ここはどこなんだろう。

 背中は固いベッドで、遠くで鳥のさえずる声が聞こえる。
 寝てたんだろうな。
 夢を見たような気がするが、起きたらほとんど思い出せなかった。原生林でキャンプを……カニバリズムだったような……。

「あ、目が覚めたんですね」

 声がしたので、そちらを向こうと思って身体を起こそうとしたけれども、起きられなかった。
 なんだ? めちゃくちゃ身体が痛いぞ?

「ま、まだ起きないでください、無理しちゃだめです」

 声の主が近くまでやってきたので、首だけでそちらの方を向くと、そこにいたのはシャルだった。

「俺は一体」
「さあ、わたしにもよく分からなくて。家の外で物音がして、見に行ったらトールさんが倒れてたんです。いったい何があったんですか?」

 外で俺が倒れてた……? ああ、そうか。思い出してきた。
 昨日、シャルに能力を見せたらひどく怖がられて、外に出て……あ、いや、待て。それは本当に昨日なのか?
 実は数分しか寝てないまである。

「俺、いったいどれくらい寝てたの?」
「三日です」
「みっ、え? 三日!?」

 そんな長い間飲まず食わず寝ず、いや、寝てたのか。じゃなくて、大丈夫なのか? 代謝的な……いや、エネルギーを使わないなら、摂取する必要もないのか?

 アンネ……って呼びかけてみるも、返事がない。
 んん?

 アンネ?

 ……。

 おいおいおいおい。
 アンネー!

 ヤバい。
 なんかよく分からんが、アンネと交信できない。
 これはヤバいんじゃないのか。……を開けるかどうか試すのは、ここではまずいだろう。シャルがいるし。

「ちょ、ちょっと待っててくださいね、お水持ってきますから」

 どうもむずかしい顔をしていたのを喉が渇いていると勘違いしてくれたようだ。
 てとてととシャルが部屋を出て行く。
 誰もいない。俺だけが部屋に取り残された。
 ちゃんす。
 を開く。

 開け……ないですね。
 遠見もできなかった。身体が動かせないのでせめて遠見ができれば……と思ったけど無理だった。
 つまり能力全般使えない。
 ひょっとして帰れないんじゃないのかこれ……。
 いや。
 帰れる可能性はある。
 ここで死んだら空中回廊でだ。
 といっても能力が使えないので何の保証もない。試したこともないので、それが本当かどうかすら分からない。
 試せば帰れるかもしれないけど、あんまり試したいとは思えなかった。

 それにしてもどうして急に力が使えなくなったんだろうな。

「お水です。飲めますか?」

 シャルが水差しを持って戻ってきた。
 薄緑で透明な、ガラス製だ。
 あんまり驚かない。
 ガラスというとどうも高度な技術のように聞こえるが、実はそんなことはない。
 現代でもガラス細工は手工業で作られる。
 吹きガラスの技術は古代ローマからほとんど変わってないという話だし、だったらその当時にすでに透明なガラスの器はあったんだろう。
 難しいのは、無色透明な一枚板のガラスを均一な厚さで大量に用意することだ。
 数が作れなければ、窓ガラスとして普及させるのは難しい。
 この部屋も、窓は単に壁に設けられた穴だ。

「トールさん?」
「考えごとしてた。ええと、身体起こすの手伝ってくれる?」

 思考を巡らせるのは楽しい。性に合っていると思う。
 でも、がいないのが寂しいと感じるとは思ってもみなかった。
 いけない。ネガティブになっているのを感じる。

 シャルが俺を背中の下におずおずと手を差し入れて、持ち上げるようにして身体を起こしてくれる。
 薄緑のおさげが、鼻先をかすめる。いい匂いがするしめっちゃ近いし、体温が伝わりそうな距離だし、実際近い。近すぎちゃってどうしよう!
 あ、待って、まだ離れないで、もうちょっと……と思うも、俺の身体は無事に起き上がっているし、シャルは微妙に俺から距離をとって、「ど、どうぞ」と水差しを渡してくる。
 残念だ。水はありがたくいただくけれども。
 ぬるい。
 ぬるいけど、うまい。喉が乾いているときに飲む水はうまい。
 うまいと感じたということは、それだけ喉が乾いていたんだろう。当たり前だ。三日も寝てたんだから。
 食べるものもろくに摂ってないだろう。
 不思議とあんまりお腹は空いていないのだけど。
 と思って、腹をなでてみると、

「あ、お腹空きました? 何か簡単に食べられそうなものでも用意しますけど」
「いや、特に空腹って感じもない……けど、一応何か食べたほうがいいと思うから、お願いできるかな。できれば、あんまり噛まなくてもいいやつ」
「そうですね、じゃあ、スープでも作りますね」

 後ろ姿を見送る。
 今思ったけどこれ女の子に看病されるシチュエーションだ。
 すごい。ゲームの中にしかないと思ってたのに。
 ゲーム的エクスペリエンスだ。

「また変なこと考えてる顔ですね」

 失敬な。変なことじゃない。
 健全な男子諸君の憧れの体現を噛み締めていただけだ。
 ていうか、俺ってそんなに分かりやすい表情してるんだろうか。
 あんまり女の子にそういうことを言われた経験はないけども。そもそも女の子とかかわる機会もあんまりなかった。

「はい、どうぞ」

 シャルが出してくれたのは、羊乳を湯で薄めただけ、という雰囲気のスープだった。味は癖が強くて、正直うまいスープではなかったと思うけど、妙にうまく感じられた。たぶん、腹減ってたんだろうな。
 生きていると分かる味だった。


 しばらく世話になって、体力が回復してきて、ちょうどいい頃合いだったので。
 それまで棚上げしていた事案に手をつけることにした。
 ひとつは俺の素性についてで、もうひとつは、攻め込まれそうだという事実についてだ。

「まず、俺が妙な能力を持っているということは分かってもらえてると思う」
「はい。ですね」
「あんまり悪魔悪魔と言われると困るけど……」

 それにしても『意志の疎通』の力ってすごいな。音はオルドグって聞こえてるのに意味は『悪魔』だと分かるようになっている。
 あ、待て待て。
 そうか、『意志の疎通』はできるんだ。アンネが言うには言語の壁を越える『意思の疎通』も神の力の恩恵だったはずだ。ってことは、神の力がまったく使えなくなったわけじゃないぞ。
 希望が見えてきた。

「そういえばそのオルドグ、ええと、なんとかっていうのは?」
は、古い言い伝えで、災いを招き入れる門だといわれてます。この門を通って、異界から悪魔がやってくる……と、神話には記されてますね」

 わあ、俺その門通ってこっち来たんだけど。ひょっとして俺って悪魔なのか。
 冗談はともかく、そういう伝承があるということは……過去にそういう事例があったか、なんらかの事象が伝承の中で脚色されたか。
 何かあったのは確かだろう。それもよくない事象が。

「ただ、今は落ち着いてきたので、もう分かっています。たぶん、空気中の光の屈折とかで、空気が歪んで見えて、ああいうふうになったんですよね? どうやってやったのかは、分からないですけど」
「え?」

 え?

 なんか時間置いたら変な勘違いしてる!
 そうか、そうだよな、魔法がない世界だもんな、多少の科学的知見があれば、なんらかの原理で引き起こされた自然現象だって考えるほうが納得できるもんな。

 でも、それじゃ困る。超自然的な現象として理解してくれないと。
 もう一回やってみせて、一度空中回廊に戻ればいいんだよな。

 ……。

 やりたくても力が使えないんだが~~~。

「ええと、この間のあれはそういうのじゃなくて、本当に異界に通じる門なんだけど、そういって信じてくれる?」
「トールさんって、そうやって冗談言って誤魔化そうとしますよね」

 すぐ不真面目に走る俺の信用 is 全然ない!!

「でも」

 シャルは苦笑いで、

「トールさんが言うなら、信じます」
「……ほんとに?」
「たぶん、いまのトールさんは冗談とか言わない……ような気がするから」

 変ですよね、会ってまだそんなに経ってないのに、と舌を出してはにかむ。
 え、何だ今の仕草めちゃくちゃかわいいんだけど! なんだこの生き物! 人間じゃないべつの……ああ、いや、シャルは人間じゃなくて魔女なんだった。
 魔女がめっちゃかわいい生命体の可能性出てきた!
 また『遠見』ができるようになったら、ぜったい魔女の集落見に行こうな。

 ……。

 突っ込みを入れてくれる人がいないと、さみしいよな。
 そりゃ真面目にもなるってもんだ。

「でも、神っていうのは、まだピンと来ないです。そんなにすごそうには……あっ、いえ、べつにトールさんがすごくないかっていうと、すごいと思うんですけど」
「いや、俺は実際そんなにすごくないから、ひとまずはその判断でいいよ」

 そうだ。俺は平凡な大学生にすぎない。
 まして、今は神の力のほとんどを封じられている。

「実はもうひとつ力があって、『遠見』というやつなんだけど、ここから遠く離れた場所の様子を見ることができる。千里眼とかいうかもしれない」
「千里眼……というのはわかりませんが、透視みたいな感じですか?」
「なるほど。ここから壁の向こうが見えるから、透視と呼べなくもないかもしれない。箱の中に何が入ってるか分かるとかそういうのは無理だけど」

 シャルを見たら両手で身体を覆い隠していた。
 いや別に服は透けたりしないよ。

「ちょっと今は力が使えないから、心配しなくていいよ」
「そ、そうなんですか」

 ほっと安堵の息を漏らす。
 と思ったのも束の間、

「あ、でもそれって力が使えたら……」

 とても誤解のある表現だった!

「い、いや、服を透かして見るとかはできないから!」
「できたらやってるんですか!?」
「できてもしないから!!」

 ……。

 こほん。
 咳払いをして、気を取り直し、話の続きだ。

「ともかく、『遠見』でちょっと山向こうの様子を見てきたんだ」
「山向こうって、マジャロヴャルキの集落があるところですか?」
「マジャロヴャルキ?」

 謎のタームだ。
 マジロリヴァルキリー……ではないよな。
 騎士甲冑着た幼い少女なんていなかったし。

「マジャロヴャルキっていうのは、ええと、東方の遊牧民の名です。遊牧民は分かりますか? 家畜を放牧するための牧草地を求めて、各地を転々と旅しながら生活する人のことを言うんですけど」
「やっぱり遊牧民だったんだ」
「知ってたんですね。それなら話が早いです」
「一応確認なんだけど、そのマジャロビャ……マジャリョバ……マザリュ……」
「マジャロヴャルキ、ですね」

『意志の疎通』の力があるのにどうして噛むんだよ!

「その、マジャロヴャルキ(言えたぞ!)ってどういう感じ? 馬飼ってる? その、俺が見たのがそうなのか確認したくて」
「馬を飼ってるなら、まず間違いないと思います。このあたりを度々襲った異民族っていうのは、マジャロヴャルキのことです」

 なるほど。
 あれ……?
 もしかして『遠見』しなくても、シャルに聞けば山向こうに敵対勢力がいるってわかったのでは?
 いや、どのみち状況確認は必要だったか。いいことにしよう。

「ええと、山向こうの様子は、どんな感じでした?」
「物々しい雰囲気だった。天幕が張られてて、馬がたくさんに、武装した兵士が」
「まずいですね」
「ああ、まずい」

 ところが、シャルは首を振る。

「いえ、そうじゃなくて。トールさんが倒れてから、もう十日になりますから、そこまで準備ができてるとしたら」

 山を越えるのには、それなりに時間が掛かる。
 馬の機動力は森や山では発揮できない。ただ、森とか山と言っても馬で移動できないほど険しい山ではない。ちょっと木々が深くて、ちょっと勾配があるだけだ。
 ハンニバルのアルプス越えとはわけが違う。
 確かに、まずい。

「このことを、早く街に知らせないと」

9. 神の休息 « 異世界の神になってちょっと立地見るだけ « 半文庫

テーマ