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第1章 異世界の神初心者ですがよろしくお願いします
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異世界の神になってちょっと立地見るだけ

13. ニルシュヴァール攻防戦〈前編〉

 ニルシュヴァールでの演説の後、俺はアンテルン都市同盟北端の都市オルファ=ソノラへと向かった。
 シャルにはニルシュヴァールに残ってもらっている。
 やってもらうことがたくさんあるからね。

 歩きでの旅もすっかり慣れて、羊毛のチュニックも麻のズボンも、着心地が悪いというほどではなくなってきている。
 しんどいのはしんどいのでが使えるなら使いたいってずっと思ってるし野宿はやっぱり嫌だしふかふかの布団で寝たいんだけど、贅沢は敵だ。

 ニールス川に注ぐ支流をいくつも渡った先にオルファ=ソノラはある。
 こんなに支流がいっぱいあったら大雨が降ると氾濫してぐずぐずになりそうな地形だけど、そのへんは大丈夫なんだろうか。と思ったけれども、もしそうならこんなところに街は作れないので、おそらくは水の流れをうまくコントロールできているんだろう。
 オルファ=ソノラは、方形の城壁に囲まれた街がいくつも集まった都市である。
 近くの街の市壁同士を防塁で繋いで、その上に石壁を組み上げて城壁にする。
 こうして街同士を繋ぎ合わせていくと、城壁に囲まれた部分ができあがる。
 城壁の内側に新しい市街地が作られる。
 このように拡張が繰り返されて、今の姿になった……と言われている。
 なので、城壁の内側にも城壁が張り巡らされていて、迷路のようになっている。
 城壁の内側の壁は都市内の隔壁としてそのまま残っているところもあれば、居住施設に改装されて市街の一部に組み込まれたところもあって、混沌としている。
『神の視点』で周辺地域を見て回ったとき一度上空から俯瞰してるんだけど、赤い屋根が幾重にも連なる中を灰色の城壁が縦横無尽に走る様はなかなか壮観だった。

 さておき、オルファ=ソノラだ。ニルシュヴァールのように通行税を取られたりしないので、安心して中に入れる。
 正確には商人ではないから税を取られなくていいということなんだけど。
 商人だと、荷物を運び入れるのに税金を取られるようだ。馬車の積荷を改められてる商人がいるのが見える。
 で、税を納めると証書を渡される。この証書がないと街の中で商売ができない、ということのようだ。なるほどね。
 城門をくぐるさいにふと見上げると、アーチの真ん中あたりに剣を掲げた少女の像が埋め込まれている。
 後で話を聞いたら、剣の舞姫オルファ=ソノラという伝説上の人物の像だということだった。
 おや、と思って確認すると、やはり彼女が都市の名の由来になっているようだ。
 軍神オルファと同じ名の少女は、神より類まれな音楽の才能を授かって、歌と舞で民衆を奮い立たせて、この地を救ったのだと言われている。そういう名前もあって、軍神の生まれ変わりとまで讃えられているようだ。
 オルファ=ソノラというのは、『歌うオルファ』という意味だという。
 軍神で歌姫って、まるでファンタジー小説の世界だ。
 とはいえこの世界にはリアル魔女もいるので、伝説上の人物くらいどうってことはない。似たようなのはにもたくさんある。

 オルファ=ソノラ市の人口は 20,000 人。これは市域だけでの人口である。
 ニルシュヴァール都市圏人口の三分の二に相当する数字だ。
 まぎれもない、大都市である。
 が、生産人口の割合はニルシュヴァールに比べて少ない。
 都市圏全体で 60,000 人が住んでいるが、オルファ=ソノラの背に散在する村落はおよそ 500 程度。雑に計算して、平均 80 人の村が 500 個で 40,000 人。
 人口はニルシュヴァールの 1.5 倍、村の数でいうと 3 倍弱。
 市域人口は 7 倍近くにもなるので、かなりアンバランスだ。

 この生産人口でどうやって、都市人口をまかなっているのか。

 その鍵が、まさしくアンテルン都市同盟という経済同盟である。
 オルファ=ソノラは、アンテルン都市同盟にとって北の城門であり、軍事の要を担っている。常備軍を抱え、他国の動向を伺い、いつ攻め込まれようと即座に戦時体制へ移行できるようになっている。
 その代わりに生産はおろそかにしても構わない。なぜなら、生産はほかの都市に任せればよいのだから。
 逆に生産都市は軍事をおろそかにしてもよい。生産に注力すればよい。
 実際アンテルンの中心都市アンテラ=アンネカは、市域人口 50,000 人で、都市圏人口は 500,000 人に上る。
 都市圏から離れた開放農村を含めれば、百万人を超えるとも言われている。
 百万人の生産者によって、前線の軍事都市が支えられているわけだ。

 こうした軍事都市はオルファ=ソノラだけではなくて、東にはイスルファ=セララが、西にはファタ=ルファがあって、これらの都市がアンテルンの安全保障を担っている。
 経済的・軍事的に相互扶助の関係を築くことで、都市機能を分散して、合理化を図ったわけだ。そして実際うまく機能しているように見える。
 Civ Ⅳ でも都市ごとに特化させるのが強いもんな。生産都市と軍事都市と商業都市とって感じで。Nationhood の公民を選択しつつ Globe Theatre を作って軍事拠点にし、Rifleman をポコポコ生産しまくるのは定番のテクニックだ。
 もちろんゲームの話なんだけど、実際のところ都市機能を分離して特化させるというのはある程度は現実に即している。
 農業には広いスペースが必要になるし、逆に経済は狭いところに密集しているほうがよい。政治機能はひとところに集中しているのが都合がよいだろう。
 物資の輸送を考えれば、工業や商業は海の近くが便利だ。
 あるいは内陸でも、高速道路が通っているとか、空港が近いとか、運河が通っているとか、立地条件が重要。
 都市機能によって求められる立地が異なる以上、機能毎に異なった場所で都市を作って発展させるほうが理に適っている。
 オルファ=ソノラの場合は、国境防衛の観点から、軍事拠点として発展させるのがアンテルン都市同盟にとって都合がいい、と。
 というか、辺境の都市ってそういうもんだろうと思うんだよな。
 ニルシュヴァールがガバガバすぎるんだよ。
 ていうか、ニールス川っていう良好な運河があるのにどうしてこんなことになってるんだろうな。そうだよな。生産は背後の都市に任せればいいんだ。

 まあ愚痴を言ってもしょうがない。

 そういうわけで、俺はその高い軍事力を当てにして、今回オルファ=ソノラまでやってきた。国境越えてちょっと傭兵貸してもらうだけ。
 借りるのはあくまで傭兵だ。
 オルファ=ソノラの正規軍を動かすのはいろいろとまずい。ロ国に干渉する口実を与えてしまう。だから、傭兵くらいでちょうどいい。
 あまりにも多くの常備戦力を抱えると、それだけで財政難になる。
 正規軍だけでは足りないので、外国人傭兵を街に迎え入れて、定住権を与える。
 その代わりに、有事の際には国境防衛に参加してもらう。当然そのときには別途報酬を出してやる。
 ただ、それだと戦いがないときはまったく稼げないので、そういうときには自分でどこかの戦いに参加して食い扶持を稼いできてもらう。
 帰る場所は約束されているので、傭兵としても安心して戦場に赴くことができる。
 と、そういう仕組みらしい。
 なるほどなあ。

 傭兵は金さえ払えば、働いてくれる。逆に金がなければ動いてくれない。
 なので、ニルシュヴァール領民を発起させたときのように、民族の誇りに訴えかけるとか、そういうことはできない。
 あいにく金はない。
 ミクシャ二世と謁見するために役人を買収したときに大量に使っているからだ。
 あれはあれで必要な金だったので、後悔はない。

 金以外で傭兵を動かすのは難しい。
 しかし動かせないわけではない。

 ただ、都市と契約している傭兵を勝手に借りていくのはまずい気がするので、一応市長に話を通しておいたほうがいいだろう。

 うまくいけばいいけど。


 と、長い前置きのわりに、あっさり承認が下りた。
 承認が下りるのもあっさりなら、傭兵団もあっさり契約完了だ。
 いいのかな。
 なんというか、ミクシャ二世と謁見したときもあっさり話が通ったし、それをいったらシャルも俺への警戒が解くのが早すぎる。
 この世界全体的にチョロいのかもしれないな。
 でも言うほどはチョロくないかもしれない。ちょろっとだけチョロいってな。
 ……。

 ……こういうところでアンネのツッコミがないと不安になる。
 もうずいぶん長いことアンネと話してない気がする。
 二週間くらいになるか。まだ二週間くらいなのか。
 でもでは数分しか経ってないんだよな……。
 帰ったら感覚がおかしくなりそうだ。

 まあ事がうまく運べているのは、順調でいいことだと思う。


 ぶらり異世界一人旅を終えて、ニルシュヴァール領に戻ってくる。
 ニルシュヴァール市とワレシュティの森の間に広がる平原の、南東部。左前方にニルシュヴァール市、前にマジャロヴャルキ軍、右手にワレシュティの森、後方にはニールス川の支流域が広がる。

 ここが、この戦いにおける俺たちの拠点になる。

「あ、トールさん。おかえりなさい」
「ただいま」

 ただいまって言う相手がいるのは本当によい。よさがある。
 一人暮らししてると「いってきます」も「ただいま」もない。
 それにはもうとっくの前に慣れたし気楽ではあるけど、誰かが迎えてくれるというのはやっぱり安心感がある。
 ここには帰ってくる場所があるのだった。
 少し妙な感じではある。

「どうでしたか?」
「ばっちり。ばっちりなんだけど……」
「何か気になることがあるんですか?」
「ばっちりって不安になるんだよな」
「ちょっと分かる気がしますけど、トールさんなら大丈夫ですよ」

 本当にそうだろうか。
 余計に不安になってきた。

 いや、うまく行きすぎだ。
 うまく行きすぎだけど、よく考えてみよう。

 そもそも、これだけ準備をしてもまだ充分じゃないんだ。
 ひとつ何か想定外の事態が起きれば、きっとそこで破綻してしまう。
 そう考えると、うまく行っているとは言いがたい。
 そうだ。うまく行ってないんだ。
 そう考えたらちょっと安心できてきたぞ。
 そんなわけないぞ……。

「シャルのほうはどう?」
「みなさんがんばってくれてますよ。順調……なのかどうかはちょっと分からないですけど」
「どれくらい進んでるのかな」
「そうですね……あの上から見てもらうのがいいと思います」

 と言って、シャルは指を差す。
 物見櫓である。
 櫓の周辺には、野戦陣地が築かれている。
 陣地と言っても、それほどしっかりしたものじゃない。
 背後に流れるのは、ニールス川支流のひとつを利用した運河だ。
 東西の物資輸送の要で、ワレシュティの森で伐採した木材はこの運河でニルシュヴァール市へと運ばれる。
 この運河のそばに天幕を張って、資材置き場を設けて、物見櫓を建てる。
 資材置き場では職人たちがせっせと木材を加工して馬防柵を作っている。
 天幕の前方遠くには、大量の馬防柵だ。幾重にも並べられた馬防柵で、城壁の代わりにした。ここからだとなんか柵があるなくらいにしか見えないけどね。
 馬って、飛び越えられそうな柵でも自分からはあんまり飛び越えたがらない。
 まして、柵を飛び越えてる間というのは非常に無防備だ。
 騎兵相手にはこれでも充分効果がある。
 陣地に近すぎると弓のような飛び道具に対して無力なので、陣地からは離して並べてある。
 もちろん迂回すればどうということはないんだけど、時間稼ぎくらいにはなる。
 まあ、気休めといえば気休めだ。

「おーおー。よく見えるな」

 櫓に登って、あたりを見回す。
『神の視点』があったらこんなところに登らなくてもいいんだけど、とは思わないでもないんだけど。
 見晴らしはいい。遠くまでよく見える。ニルシュヴァールの手前に陣地を作ってるマジャロヴャルキ軍まではっきり見える。
 右手に背後の運河から水路が枝状に伸びているのが見える。

 例の演説前、ニルシュヴァール市に向かう途中でシャルとした話を思い出す。

『そういえばニルシュヴァールは設備が普及してるんだなあ』
『灌漑ですか?』
『あっちの水路って、そうじゃないの?』
『利水目的というよりは、治水目的ですね』
『ん。んー?』
『ニルシュヴァールの東側に水を逃してるんです』
『なるほど、洪水対策なんだ』

 東には水路はない。この辺りは決して雨が降らない地域ではないので、灌漑する必要はあんまりない。小麦の生育には水はそんなにいらない。
 中世の西欧では、休耕地を設けて、休閑期に雨水を土壌に蓄えさせておく、という素朴な農法が主流だった。
 当然天候不順に弱いんだが、雨量に恵まれているなら関係ない。
 むしろ連作による塩害が発生しないので、メリットともいえる。
 連作による塩害っていうのは、水をじゃぶじゃぶ垂れ流しながら作物を育て続けてると、土壌中の塩が溶けて露出して、畑がダメになってしまう。
 灌漑も一長一短ある。よく考えなければいけない。灌漑だけに。
 ……。

 あ、あー。死にたくなってきた。死んだらアンネちゃんに会える!

「あの、トールさん」

 はっ。いけない。
 よくないことを考えていた。

「えっと、なんだっけ」
「その、あっちの作業の進み具合を見たいんでしたよね」
「ああ、そうだった」

 シャルが示す方向に視線を向ける。

「おー。結構進んでるんじゃないか」
「ですか? それなら、よかったです」
「さすがに普段からこういう作業をしてるだけはあるなあ」
「そうですね。みなさんすごく一生懸命働いてくれています」

 ありがたさと申しわけなさが混じったような微笑みを浮かべて、シャルは頷く。
 シャルのためだったら俺も頑張れそうだ。
 とか思ってたら、シャルの表情が一転して曇る。

「でも、あれで本当によかったんですか? あれじゃ、後が大変なんじゃ」
「後のことは後だよ」
「それならいいんですけど……」

 納得がいってなさそうな顔だ。
 俺はというと、こういう表情もまたいいものがあるなあ、とかのんきなことを考えていた。
 本当のことを言うのはちょっと怖いので、ごまかしているだけだ。
 ごまかしている自覚はあるんだけどね。

 ごまかすなら徹底的にごまかそう。

「それより、マジャロヴャルキの準備の進み具合がどうか気になるところだ」

 ニルシュヴァール常備軍はせいぜい 300 がいいところだから、まともに打って出るとあっという間に全滅だ。
 おとなしく城にこもって城壁から矢を射たり石を投げたりしてるのがいい。
 マジャロヴャルキの方も、城壁を突破するのに攻城兵器を組み立てたりって時間が必要になるから、すぐには攻め込めないだろう。
 なので、ニルシュヴァールが陥落するまでの猶予は、マジャロヴャルキの準備次第で伸び縮みする。

「あと一週間もすれば、たぶんノヴィ・リプヴニツァ伯爵領から援軍が到着すると思いますから、それまで持ちこたえられるか……ですよね」
「ひとまずはそうだね」
「ひとまずなんですか?」
「伯爵領の軍勢あわせてもマジャロヴャルキには勝てないんじゃないかな」
「あ、あー……そうかもしれません」
「ただ、援軍がやってくるというのは、攻める側にとってはプレッシャーになる。だから背後に回り込んで包囲するのがいいと思うんだけど」
「ニールス川は結構広い川だから、簡単には渡れない」
「そのとおり」
「思ってたよりも、大丈夫そうな気がしてきました」
「川を越えられて完全に包囲されるよりも先に侯爵領からの援軍が来れば、ね」

 さすがに一ヶ月も待ってくれないだろう。

 マジャロヴャルキとニルシュヴァールの様子はいいとして、こっちの状況だ。
 手前の様子を眺める。
 平べったい長方形の材とか、細長い棒状の材を、たくさん切り出している。
 長方形の材は、盾だ。スクトゥム。ローマの大盾だ。
 全身がすっぽり隠れるくらいの大きさがある。
 大きさの分だけ重くて取り回しにくくなってしまうが、ここから行軍するわけではないのでこれで構わない。
 パルティア弓騎兵には苦戦したという話らしいけど、これより丈夫な盾を作ろうと思うと時間と材料の問題で苦しいものがある。
 不安はあるけど、しょうがないだろう。
 細長い木の棒は……分かると思うけど槍だ。長さは 4 m 程度。もっと長いほうがいいんだけど、長ければ長いだけ使いにくくなる。これもしょうがない。
 4 m でも扱いにくさは否めないので、焼け石に水っぽさはあるものの、農夫の皆さんに槍を構えたり、突き出したりしていただいている。
 指導するのは長年都市警備に当っていたという元衛兵のおじさんだ。昔は前線で活躍した兵士だったというので、是非にとお願いした。

『なに、古傷さえなきゃおれだって戦えたのにってくすぶってたところだ、むしろこっちから力になりてえくらいだ』

 とこころよく引き受けてくれた。
 でも、前線を退いて衛兵に、って聞くと、そっかあ、膝に矢を受けちゃったかあ……とか思っちゃうんだよな。よくない。

 さて、もう分かると思うけど、俺は今ファランクスを編成してるわけだ。
 古代ギリシャ軍の密集陣形で、マケドニア軍がより先鋭化させたんだけど、古代ローマ軍のレギオンによって打ち負かされると衰退してしまったやつ。
 こっちの世界ではどうか分からないんだけど、印象で言うと封建社会的な騎士の一騎打ちが主流になってまともな戦術が衰退してしまっている可能性まである。
 今盾や槍を作ってくれてる武器職人も、俺の意図がよく分からなくて困惑してたりするんだろうか。
 と思ってシャルに聞いたら、

「面白いことを考えるなって褒められちゃいました」

 だそうだ。

 一応、シャルが考えてシャルが指揮を執る、という体になっている。
 俺は助言をしているだけってこと。
 余所者だしあんまり目立たないほうがいいだろうし。

 ともかく、当座の戦力はなんとかなるかもしれない。
 屈強な森の住人の皆さんもいるし。


 というわけで、俺達はマジャロヴャルキが動き出すまで、準備を続けていた。

 ニルシュヴァール領民を発起させて、野戦陣地を敷いて、付け焼き刃ながら練兵を施しつつ、アンテルンに援軍を要請する。

 これが猶予の間にやったことだ。

 いよいよ、マジャロヴャルキが動き出した。
 開戦だ。

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