ぱちり。ぱちり。
人形を潰す。
今回の件で随分ぼろぼろにしてしまって、もう使うことのできない人形たちだ。
私は人形は全て自分で処分している。使えなくなった人形をそこいらに捨てたりはしない。捨てればどうなるか。それは全く想像に難くない。
「アリスはいる?」
声が聞こえる。家の表側からだ。表には上海人形がいたかしら。何かあったら私に言伝するように言っておいてあるから、すぐに来るだろう。
などと思っていたら、上海人形が声の主を連れて家の裏側の私のところまでやって来た。
「あら、メディ。いらっしゃい。傷はもう平気?」
「アリスが直してくれたから」
「そう。よかった」
あれから幾日かが経った。
私は相当な重傷だったらしい。実はあの後のことはよく覚えていない。気付くと私は自分の家の工房紛いの自室、その寝台の中にいた。寝台の縁に黒衣の魔法使いの頭が乗っかかっていたのは、彼女が私を見つけたからだろうか。すう、と寝息を立てながら平和な寝顔をして眠っていた。いつもこうなら可愛げもあるのに、と思ったのだけれど、多分それは私もそうなのだろうから、そのときはありがたく好意を受け止めた。
それから我ながら呆れるくらいゆっくりと休んだのだけれど、ふと思い出した。
メディはどうしたのか。
私ほどではないにせよ、相当な打撃を受けていた。一撃で昏倒するような大きなやつだ。
そう思って、私を拾ったであろう魔理沙に尋ねると。
『はぁ? 私はアリスなんて拾ってないぜ。遊びに行ったら部屋のど真ん中でぐったリ倒れてるから、ちょっと面倒を見てやったりはしたけど』
と言われた。自分で帰ってきたいたらしい。更に曰く、
『それにしても何だってあんな身体でこんな無茶を。人形なんて休んでから直せばいいだろうに。っていうか、あれ。こないだの自律する毒人形だよな。なんであいつがここに』
などと、最後の方は何故か私が尋ねられる側になっていた。
それでも律儀に答えようとした私も私だ。ところがメディと親交が深まった辺りのことは面倒なので省こうと思ったら、他に何も覚えていなかった。
魔理沙の口ぶりからすると、どうも私は自力でメディを連れてこの家へと帰り、それから休みもせず、メディの手当てを先にした、ということになる。
まさか。いくらなんでもそこまで私の精神は丈夫じゃないと思うけれど。
ところが、工房を見渡してみると損壊した人形の山がある。ああ、見覚えがある。どれも使った人形だ。随分たくさん壊したものだ。大事に使おうと決めたばかりなのに。それにしてもこの量を持って帰ってきたのか。誰が手伝ってくれたのやら。
『自分で持って帰ってきたんだろ? 蒼色の狸だか猫だかみたいな便利な道具も持っていることだし、入れて持って帰ってきたんじゃないのか? いやどうせいつもみたいに無差別にばら撒いたんだろうから、拾い集めるのは大変だったろうけど』
無差別にばら撒く、というのは人聞きが悪い。私は計画的に人形を使っているつもりだ。ただ、弾幕遊びの後片付けのことまで考えてたら思いっきり遊べないから、気にしないようにしているだけで。
しかしながら魔理沙の言う通りだ。あれだけ散らばっていたはずの人形を、あの身体で掻き集めて持って帰ってきたのか……すごいな私。
「アリスは? もう怪我は平気なの?」
そうそう、魔理沙は一応メディの面倒も見てくれていたらしい。後からメディに聞いて知ったのだけれど。誰かとよく似て素直じゃないこと。嘘を吐きすぎると叱られても無理はない。まぁ、そうでなくっちゃ魔理沙らしくないのだけど。
メディは私より早く快復した。外損は少なかったから直すのが簡単だったし、後は妖怪としての体力的な問題だったから、寝ていれば治る程度のことだ。
で、メディは治って動けるようになると、魔理沙と交互に看病してくれたらしい。初めて会った頃が懐かしいわね。
「お蔭さまでね。ゆっくり休めたし、それに」
壊れた人形の山に目を向ける。もう修理の施しようがないものだ。魔法的でない物理的な爆発がよくなかったらしい。魔法的な傷は魔法で直せるのに。
今後は変な戦い方はしないようにしよう。あんな戦い方、弾幕遊びじゃ絶対しないけど。
「?」
メディは私の視線を先を追い、きょとんと首を傾げる。
「これね。壊れた人形なんだけど。今、潰してるの」
「潰す?」
「そう」
壊れた人形に限らず、道具を捨てたらどうなるか。今回の件はその一例に過ぎない。
「こうやってちゃんと自分の手で処分してあげないとね。言ってみれば、これは人形たちの為の葬式、ってところかしら」
道具は霊に取り込まれやすい。霊が憑いた道具は付喪神となり、厄災を招くことになる。
ぱちり。ぱちり。
火を入れる。燃える人形。取り付く島もないくらいに処分してしまえば付喪神を生んだりすることもない。
もう今回みたいなのは勘弁だ。ただでさえ何度か失敗してこういった事態に直面しそうになっているのだ。本当に人形の処分には気を遣う。
「まぁ……自律人形への夢はちょっと遠くなったかな」
「きっとアリスなら作れるわ!」
力強く応援される。言葉に強い自信と信頼が見えた。頼もしいわね、全く。
「ありがと」
思わず笑みが零れ、素直な感謝の気持ちを言葉にする。
ふと私は気付く。
ああ、この子は多分気付いていないな、と。
「メディも、人形を解放できる日が来るといいわね」
こう尋ねれば、以前の彼女であれば即答で肯定しただろう。けれど今は。
「ん? ええと、うん。それはまだ、先でもいいかな。人間も人形遣いも、そんなに悪い人ばかりじゃない、って分かったから」
「そう。……そうね」
柔らかく微笑み、頷く。
自身の中での感情の変化に。人間との共存も悪くない。
協調。歩み寄り。それらを肯定する感情。
それは紛れもない成長だ。
成長する人形。自律するだけではなく、成長までするとしたら。
それはもう殆ど人間と同じではないか。
少しだけ羨ましく思う。
人間になりきれない私よりも、ともすれば人間らしく育ちつつある彼女に対して。
でも、いいかな。
友達の成長を嬉しく思うのは、自然な感情よね?
「メディ」
「ん? どうしたのアリス?」
「これからも、宜しくね」